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『潮騒』  三島由紀夫

潮騒 (新潮文庫)
潮騒 (新潮文庫)
posted with amazlet at 09.09.07
三島 由紀夫
新潮社
売り上げランキング: 4465
おすすめ度の平均: 4.5
5 流石ですな!
5 素直で純朴な恋愛小説。いい。
4 良いです
3 なんだか勝手だよなー
5 三島作品の中では異質とされるが・・



【読書風景】
行きつけの定食屋は今日も6割程度の入り。混みもせず閑散ともしていない。そして今日も温かい。
上京してはや7年。代わり映えのしない僕の生活の中にその定食屋はしっかりと浸透し、無くてはならない存在として、確固たるポジションを獲得している。仕事帰りの疲れた体と心に、その定食屋の雰囲気は実に心地よい。
「いつものでいい?」外国人留学生の女の子のアルバイトからそう聞かれるようになるまでに、それ程時間は掛からなかった。
「うん。そうだね」と僕は答える。
備え付けのテレビではプロ野球中継をやっているが誰も観ていないようだ。いつもと同じ風景。いつもと同じ流れ。
時折挿入されるCMでは、複合型ソリューションの提案やら、新しいガジェットの紹介やら、サイバーエージェント企業からの提言やら、訳の分からない映像と言葉が流れてくる。
世の中のいろんな事が高度にシステム化されても、いやだからこそ、ここは心地が良い。
ふとそんなことを思いながら、鞄の中から本を取り出す。

料理が運ばれてくる。いつものやつ。
「そとは暑い?」アルバイトの女の子が聞く。
「そうだね」と僕は答える。彼女はニコッとしてさがっていく。
他愛も無い会話と素敵な料理。
本を読みながら、野球中継をかい摘みながら、ご飯をほおばりながら、考えるとも無く考え事をする。いつもと同じ流れ。それはしかし、無機質ではなくシステム化もされていない。なぜならば―。

「ありがと、ね」
僕はこの定食屋の恰幅の良い女性オーナーが、最後の会計の時に言うその言葉が好きなのだ。その発音が好きなのだ。微妙に間をおいた後の最後の「ね」が好きなのだ。
その「ありがと、ね」を聞くためにここに通っているといっても、決して言い過ぎではない。
だから。


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『火宅の人』  檀一雄

火宅の人 (上巻) (新潮文庫)
檀 一雄
新潮社
売り上げランキング: 16333
おすすめ度の平均: 4.5
5 檀一雄
4 豪快すぎる男だ
3 哀しいまでに孤独な人
5 あるがままに
5 孤独に向き合いたい人に

火宅の人 下    新潮文庫 た 5-4
檀 一雄
新潮社
売り上げランキング: 23236
おすすめ度の平均: 4.5
4 檀一雄の半生紀
5 傑作です。



【読書風景】
学生時代に通った駅は区画整理によってその景観を大きく変え、モダンな雰囲気をたたえている。
ロータリーの中心には西洋風の花壇が据えられ、それを取り囲むように公共交通機関のターミナルが機能的に配置されている。ロータリーの入り口となる交差点の一角に建てられたこじんまりとしたスポーツクラブの建物は全面ガラス張りで、夏のたそがれ時の空の色がその鮮やかを損なわずに反映されている。ガラス越しにはランニングマシーンでフィットネスに励む利用者の姿が並んでいるのが見える。その反対側は大きな公園へと続くスロープとなっていて、散歩する犬や小さな子供をつれた人々が、暮れ行く光の名残を楽しんでいた。ひぐらしの鳴き声が、風景に涼しさをブレンドしている。

スポーツクラブの奥、交差点を渡って数分のところに目指す大学病院はある。
僕は病院へ向かうのとは反対方向にロータリーを回り込み、大きな公園へと続くスロープの入り口にある小さな噴水広場で、ベンチに腰を降ろした。そして本を読む。
仕事中に入った母親からの連絡では父の容態は極めて深刻で、おそらく今日辺りが潮時だろうということだった。

本を読みながら、いや、読む姿勢をとりながら、僕は思索に耽る。
人生について考えるのは、こんな時、こんな場所で、こんな状況でなきゃ、なかなかできないから―。

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『春の雪』 三島由紀夫

春の雪 (新潮文庫―豊饒の海)
三島 由紀夫
新潮社
売り上げランキング: 4714
おすすめ度の平均: 4.5
5 日本文学の美しい頂の一つで。
5 日本文学における一つの頂点
5 「源氏以来の作品」
5 読み終えたくなかったが、読み終えると早く次が読みたくなる作品
5 三島の描いた最大の騙し絵


【読書風景】
芸術の持つ魅力とは、その圧倒的な理不尽さにある、といっても良い。
そこに理屈なんていらなくて、もうただただ体で心で、その圧倒的なものを感じ取る。それが本物の芸術だ。絵画でも、彫刻でも、なんでもいい。そんな本物を自分の中に一つでも持つことができれば、
それが無い人よりも確実に人生にお得感が出てくる。

僕にはある。そんな本物の芸術が。
名も無き一人の画家が、名も無き風景を描いた名も無き絵画。いや、本当はちゃんと名前があるんだろう。でも僕にとってこの絵は、どんな名前を持とうと、どんな作家がどんないきさつで、どんな時代背景の中で描かれていようと、あまり関係は無い。むしろそんな諸々の情報が無い状況を大切にしたいとさえ、今は思っている。

今、僕はとある美術館にいてその圧倒的な理不尽さに捉えられて呆然と立ち尽くしている。ノーガードでその絵と対峙し、自ら進んで今日も打ちのめされる。
疲労感。そういっても差し支えないこの感情は、一方で、仕事に疲れた体と心に音を立てて沁み込み心地よい。

この美術館を後にした時に読める本は、世の中にそんなにはない。


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『13階段』  高野和明

13階段 (講談社文庫)
13階段 (講談社文庫)
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高野 和明
講談社
売り上げランキング: 16490
おすすめ度の平均: 4.5
5 文句なしの社会派ミステリー
4 タイトルに違和感
4 良く練られたミステリー
4 「保護司」という曖昧な立場への問題提起
5 素晴らしいの一言に尽きます。



【読書風景】
森は思ったよりも深い。日差しの高さは僅かに差し込む木漏れ日からは判読し難い。
真夏の昼下がり。森の空気は蝉の声にかき消されるかのごとく冷気を失いながら、肌を包む。
それでも歩みを進めるにつれ、その冷たさは増している。
その冷たさは、10年以上前にここで感じた冷たさと同じなのだろうか?
後ろを振り返ると、側道に止めた車の白が僅かに確認できる。
車を停車させた地点から横道に逸れぬ様、真っ直ぐに進むことに留意する。

何のために僕は今、こうして森を進んでいるのか―。
車を止めた側道は、かつて小学校だった建物の裏側に沿っていて、その裏門に面していた。
そしてこの森はその小学校の学習林として、昆虫の生態や、菌類の生息、四季の移ろいなどを学ぶ場だった。今、その小学校は少子高齢化のあおりを受け、老人ホームとしての役割を担っていた。森だけがその姿を変えなかった。かつて僕はその小学校の生徒だった。
時は流れる。その流れに抗うことはできない。それは一つの真理だ。
しかし―。
10年以上前に埋めたタイムカプセルは、土の中で、その流れに晒されること無く今もその時代に有ったはずのものを留めているはずだ。それを確かめたくて、僕は今、こうして森を進んでいる。
その欲求はこの季節特有の夕立のように、突然に僕を捕らえ、この森に至らしめた。

今、読んでいる本がその夕立のトリガーになった。
それを確かめることで得るものが何なのかは、問題じゃなかった。それを確かめようとする行為こそが、今の僕にとっては重要なんだと思う。そして僕は森を進む。
もう一度振り返り、車を停車させた位置から自分の歩みが逸れていないか確認を取る。
車越しに、老人ホームの裏門が見える。それはかつての小学校の裏門の位置そのままに、今も老人ホームの裏門としてひっそりとその役目を果たしている。そろそろ問題の木のある場所だ。
10年以上という時の流れは、その木に刻んだしるしをそのままの形で残しているほど甘くは無いだろう。仮に、しるしが残っていたとして、果たしてその木を見つけ出すことができるのか。それだって覚束ない。

そして今僕は、読みかけの本を部屋においてきてしまったことを後悔している。

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『手紙』 東野圭吾

手紙 (文春文庫)
手紙 (文春文庫)
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東野 圭吾
文藝春秋
売り上げランキング: 1197
おすすめ度の平均: 4.0
4 著者は主観を交えず、ただ「現実」をそのまま描いているだけ
2 殺人の動機が希薄
4 「差別」とは独立した言葉ではないと思う
5 社会性の死
3 被害者も加害者も現実は大変なんだろうと思う。罪を犯してはいけないと痛感する。



【読書風景】
俺は今、家族の寝静まった家のリビングで、一人本を読んでいる。数時間前の出来事を反芻しながら・・・。

数時間前―。8歳になる息子は運動会を翌日に控え、照る照る坊主を逆さにして物干しにぶら下げた。俺はその意味が分からず「明日は楽しみだな」と声を掛ける。息子は聞こえるか聞こえないかの声で「うん・・・」と俯き寝床へ向かった。

深夜のプロ野球ニュースを見ながらビールをすする俺に妻が話しかけてくる。
「あれ」といって、視線を窓外の物干しに移す。
「うん、明日の天気は大丈夫見たいたぞ。さっき天気予報見たんだ。」と俺は応じる。
「違うの。雨、降って欲しいみたい。」と妻は言った。「なんかイジメされちゃってるみたいなのよね」。

今朝の風景を振り返る。
いつもと変わらずランドセルを背負い、普通に玄関のドアを出て行く息子の「行って来ます!」の声を俺は思い出す。その声から何を読み取ることもできなかった自分がそこにはいた。仕事は忙しいが理由にはならない。会社からの期待は、そのまま息子への自負として潜在的に俺の心を支配し、俺は無意識に自分の会社での評価を息子の学校でのポジションと連動させた。心配などしたことも無かった。

明日会社を休み、そして息子の運動会を見に行く。それはあまりにも遅すぎる決定だといえる。息子の運動会を翌日に控えた晩酌中に下す判断ではない。会社に対して遅すぎるし、なにより息子に対して遅すぎる。
でも、「俺は見に行く」と妻に言った―。

俺はまだ、家族の寝静まった家のリビングで、一人本を読んでいる。数時間前の出来事を反芻しながら・・・。
読むのをやめ、窓の外の夜空を見上げると、星が見えた。
それが正しいのかどうか分からない。でも俺は明日、突発で会社を休み、息子の運動会を見に行く。そこにどんな姿をした息子がいようと、俺は最後まで見届けようと思う。会社には申し訳ないが、それが明日、俺のしなければならないことだ。


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今までにないスタイルの書評ブログをやってみようということで、このブログを立ち上げました。 あらすじや内容や感想ではなく、その本を読むためのベストなシチュエーションを紹介すること。 それがこのブログが目指す書評スタイルです。

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